2005年08月30日

はじめます。

 このところきちんと研究に向かう状態じゃないので、敢えてきっちり研究日誌をつけることにした。

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posted by 河東真也 at 16:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2005年09月01日

埼玉師範

 埼玉師範の明治18年の獣猟日誌の紹介をとりあえずすることにした。『中等教育史研究』に翻刻して解説を載せる。これで社会的に活用されるはずだ。
posted by 河東真也 at 00:42| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2005年09月06日

台風

 台風が来ているので、家から出られない。カミさんは議会だし(なぜかM市議会は休会にならない)、帰省中の娘は爆睡中なので、カミさんのパソコンを占領して「お仕事!」のはずなんだが…。アフィリエイトの研究とブログの整備とに追われて、そうそう歌会の投稿歌もつくんなきゃいけないし。たいへん。


 
posted by 河東真也 at 10:33| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

学校の文化史

 この何年か県同教機関紙『かいほう』に「羅針盤」というコラムを書いてきた。それがほぼ400字換算で100枚くらいになったので、ここらでブックレットにでもしてみたくなった。で、書き始めた頃と時代も変わっているし、ぎちぎちの制限からも少しは解放されるだろうから、加筆修正をしはじめた。学校の文化史というブログにして書き始めた。草稿の段階で準公開というのも一興である。 教育の文化史 これはおもしろいぞ
posted by 河東真也 at 23:51| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

獣猟紀行~まずは決意表明

 前の日誌が6日だから10日も研究から遠ざかっている。情けない。で、はじめる。平澤金之助の「獣猟日記」を復刻紹介することが、今月の目的だ。いくぞ。
 本年5月22日に開催された全国地方教育史学会において早稲田大学大学院の浜野兼一氏が埼玉県師範学校の修学旅行について研究発表をしていた。浜野氏は「各師範学校における修学旅行の定着の過程を明らかにしなければならない」という課題意識に立ち、文部省の実験校という位置づけのある埼玉県師範学校の修学旅行に着目したという。浜野氏はこの地方教育史学会において埼玉県師範学校において明治17年から19年までに実施された遠足、行軍について検証した。
posted by 河東真也 at 11:05| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

絵を買った

moondance.jpg

 結局、中等教育史研究への投稿はタイムオーバーでダメだった。
 また、マイケル・ルーを買ってしまった。
posted by 河東真也 at 22:17| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

RX8に似合う曲

 RX8を買ってから一年余。車によく似合う音楽を考えているのだ。買ったときにはまずジャズだな、と決めた。かといってジャズなら何でもいいというわけではない。ドライブ中なのだから、深刻にアメリカの黒人問題とか考え込んでしまうのはあまりよくない。ビリー・ホリデイは大好きだが、ドライブ中にはかけないようにしている。ライトなのがいいのだろう。先に紹介したヨーロピアン・ジャズトリオもいいが、少し癒し系すぎるかも。で、けっこうお気に入りがOne For Allの「The End Of A Love Affair」。タイトルがそそるでしょう。「情事の終わり」って訳されている。彼らは他に「No Problem」(邦題「危険な関係のブルース」)なんてのも出している。

One For All
posted by 河東真也 at 09:13| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

学校と検閲

 あるところに連載している原稿を書いた。「学校はただしい」という。僕があるPTAに呼ばれて講演した内容をそのPTA新聞に掲載しようとしてくれたのだが、学校側の圧力で掲載が取り下げられたのだという。つまりは検閲を受けたわけだ。
 そのことを当該学校の実名入りで書いた。なぜ実名かというとその学校は学校の論理として正しいことをしたわけで(学校においては検閲は超法規的な措置であるだけの意義を持っている)、けっしてよそに恥じることをしたわけではないだろうからだ。もし、実名を出したことにお怒りになるとすれば、それは世間に恥じることをしたということになるだろうから、怒るわけにはいかないだろう。何しろ僕は自分の原稿(PTAの方にまとめていただいたが、校正で手を入れたので僕の原稿だと言える)が無断で不掲載処分にされたのだが、そのことでいっさい学校を責めてはいないのだ。つまり僕は学校が検閲をしたことを認めてあげているのである(いまのところ)。
 「学校はただしい」は編集者から仮名にしてはもらえないか、という打診はもらったが、上記の説明をしたら承知してくれた。まもなく発行されるはずだ。「学校はただしい」はおそらくその学校の多くの先生方の目にも触れるはずだ。きっと驚くだろう。しかし、検閲がきらいな人だからといって学校を非難してはいけない。まず自分から変わらなくてはいけない。検閲をした人を批判するのではなく、自分が検閲をしない学校を作っていかなくてはならない。それが言いたいのだ。
 楽しみになってきた。



posted by 河東真也 at 22:01| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2012年11月07日

九州教育学会大分大会公開シンポジウム

今年は大分だが、グローバルだ。
九州教育学会大分シンポ.pdf
posted by 河東真也 at 22:37| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする