2006年08月11日

スペイン紀行1(8月1日)

 8月1日からスペイン旅行をしてきたのだ。とりあえず、その間の記録を後付けで書いておく。
 8月1日朝8時45分発の関西空港行きに乗ることにした。車をいつもの駐車場に預ける。10日までだ、と言うとおばちゃんが「そうだねぇ、いつも使ってもらってるし、いくらおまけしようかねぇ」と言い、JALのカウンターにいくと「これはANAですな」と言う。確かにANAであった。JAL/AIR FRANCEで行くのでてっきり関空までもJALかと思ったら、午前中はJALがなくてANAとなった次第。
 そういうわけでANAのカウンターに行って手続きをする。航空会社が違うから関空でいったん荷物を受け取り、再び手続きの時に預け直さなくてはいけないと言う。そういうことか、と荷物を預けに行く。そしたらそこで「国際線の手続きはどうしますか?」と聞かれる。「はあ?」である。そっちが荷物の手続きは関空でやり直せと言ったんじゃないか。しかし、のじくらいの娘なので赦してしまう。
 よしよしは「チケットをカバンに入れろ」とか「手に持つな」とか、どうでもいいことというか余計なお世話を次々大声で言いつけてくる。どうも興奮状態でテンションがあがっているようだ。

甘鯛を見損なうなよ甘鯛の身のやはらかさ君とおんなじ

甘鯛は皮のはうから焼いていくさういうことは守らなならぬ



 定刻通りに関空に着く。荷物の受け取りも予想以上にスムーズにいく。しばらく待ち、10時40分頃に東京から「たらこ」と「はんの」義姉が到着。んで、チェックインするが席はバラバラとなる。関西空港は関西の空港なので関西弁が公用語のようであった。
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看板に「持ち込めまへん」と書いてある国際ならぬ関西空港

 関空発12時。長旅である。12時間のフライトである。映画「タッチ」を2回見た。日本時間14時頃に食事、日本時間22時頃に食事。その間にうどんでスカイがでたのはうれしかった。シャルル・ド・ゴール空港に着いたのは日本時間24時ころ。現地時間では17時くらい。空港内のBARでビールを飲む。時計は7時くらいを指していたが空は真昼のように青々としていた。河岸を変えてHIPPO、つまり河馬という店に入りまた呑む。時差のせいか徹夜で呑んでるみたいな感じになる。空はまだ明るい。

夜九時の青青とした巴里の空麦酒の味が罪深くあり

 9時過ぎにAIR EUROPEのマラガ行きに搭乗する。並んで席を確保したはずなのによしよしの席が搭乗の際に変更となる。それが10Cという席だ。力関係で僕がそこに座ることになる。ところがその席には小さな女の子が座っている。ダブルブッキングかと焦るが、その母親らしきアラブ系の女性はなにやらいろいろ言う。アテンダントが説明してどけるように言うが納得しない。彼女らは家族連れで10Cの席はない。ただ家族連れなので座りたいということらしい。結局僕が10Bに移っておさまる。なんかヘン。ところで窓側の10Aに座った女性がまたうるさい。後方にいる身内のほうに何かと声をかけ、さらに独り言を言い、ともかくうるさい。必死で眠り、苦痛な時間を凌いだ。

賑やかなマラガ便なり欧州の地方文化を皮膚に感じつ

 マラガで荷物を待っていたが、出て来ない。絶望的になってきたところで、いぜん「のじ」が同じようなことがあってロストバゲッジのところにあったという話を思い出した。「たらこ」が走ると別室のほうにあった。何なんだろう。ようやく、出るとマヌくんとのじが待っている。タクシーでHOTEL SILKENにチェックインする。かなり素敵なホテルだ。
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 マヌのママが差し入れてくれた黄桃をいただき、まずは寝る。ここはスペインだ。

黄桃の濃き味わいに此の国の情の厚さを期待しにけり

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スペイン紀行2(8月2日)

 7時に目が覚める。寝たのが2時半過ぎだったから、まあいいか。何だかだと時間をつぶし、12時にチェックアウト。こっちは約2時間ずれている。日本だとチェックアウトは10時くらいだろうが、スペインは12時。昼飯は14時くらいから。んで、荷物をフロントに預け、街中に出る。街中のカフェでセルベッサ(ビール)、コーヒーなんぞ飲み、時間をつぶす。
 たとえばこんなものを食べる。
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 これは熱いチョコレートにこげんして浸けていただく。
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 2時頃にマヌとのじがホテルに荷物を取りに行くがなかなか帰ってこない。心配しているとしょんぼりして戻ってきた。マヌが携帯をなくしたんだと。
 ともかくバスに乗り、コルドバに行き、ここでローカルバスに乗り換えてアンドゥーハルに向かう。乗り換えがスムーズで、予定より速いバスに乗れたのだが、各駅バスなので小さな村ごとに停まっていく。みなドラクエの村のようなヨーロッパ的っていうか、素敵な村なのだ。アンドゥーハルに着いたのは7時くらいであった。エスタシオン・デ・アウトブス、つまりバスステーションだ。

けふ何をしたかと言へば昼間からビールを呑みてバスに乗りけり

どこまでもオリーブ畑の続く中ワイン工場のぽつねんとあり

オリーブの畑を越えて行く先に娘の嫁ぐ村があるとふ

ドラクエの実体験をしてるやう アンダルシアの白き村々




 ここからはタクシーでホテルに行く。歩いても10分くらいのところにあるHOTEL DEL VALというホテルだ。タクシー代は4ユーロ。ホテルのレセプションの女性がどうもマヌの知り合いらしく、ホホすり寄せて親愛の情を示している。
 それはともかくなかなかいいホテルである。かつて高校時代に「はんの」義姉のところにホームステイしていたラシェールちゃんが同じホテルに来ていたので再会する。水が欲しいなと思い、、ちょっと探検に行くことにする。道路の向こうにスーパーがあるというので行ってみたら、大量買い付けの店みたいで、品物も種類は少なく、冷えた飲料はほとんどない。みな、家に帰ってから冷やせばいいようなのだ。しかたなくSPRING FRESH DRINKという毒々しいデザインの飲料を一本だけ買って戻った。そしたら「たらこ」たちがホテルのカフェで水を買っていた。S--は味も濃厚で、無理して飲むべきものではなかった。それと道路の向こうにスーパーがあるというのは若干方向ちがいで方向を変えたところには大きなスーパーがあった。Carrefourという大きな店だ。フランスのスーパーで日本にも支店があるんだと。
 ところで、マヌたちがコルドバから電話をしなかったというのでマヌのママがお怒りだというのだ。まもなくマヌパパが落ち込んだ様子でマヌを迎えに来た。始めてマヌの家族に会う。別れ際に「アスタ マニャーニャ(明日またね)」と言って握手するとうれしそうだった。
 そんなわけで夜になって6人でバルbarに行く。のじがよく知っている店でホテルのすぐ近くだ。セルベッサを呑み、いろいろ喰って、95ユーロ。高いのか安いのかわからないが、日本で飲んだくれたとすれば安い。しかし、地元の人間は夜は寝酒なのでこんなに飲み食いはしないようだ。
posted by 河東真也 at 01:09| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン紀行3(8月3日)

 午前7時10分に目が覚める。時差なんてない。のじは8時過ぎに起きるというのに早く起こしてしまった。で、風呂に入り、洗濯をする。しかし、後でよしよしにその洗濯物の出来を見られ、「下手くそ!」と罵られ、以後洗濯権を失う。しめしめ
 9時半頃にマヌ家の人々が来たというのでロビーに降りていくとマヌのママも来ていた。ご機嫌はよろしく、僕にホホすりすりの挨拶をしてくれた。なるほど、昨日のマヌのお友だちと同じだ。異国に来たことを痛感する。よしよしとのじはマヌママに連れられて美容院に行く。僕はマヌとカフェYAMILA(ジャミラと読む)に朝食を取りに行く。昨日行った大きくないほうのスーパーの傍にある、と言うより、舗道上がカフェなのだ。広めの歩道の上に椅子とテーブルを出してカフェやバルにしていくのがスペインだ。

YASUAKIをジャスアキと読む此の国にシンジャノソミは明日嫁ぐのだ

 マヌのおすすめでトマトのトーストとカフェ・コン・レチェ(フランスで言うカフェオレだ)を頼む。フランスパンを縦割りに半分に切ったのを焼いて持ってくる。それにオリーブオイルをたっぷりかける。焦げた表面をナイフでぐさぐさ刺してオリーブオイルがパンに染み込むようにするのがミソ。その上にトマトをすり下ろしたのを載せ、塩を振って食べる。付いてきた生ハムを載っけるとまた旨い。これにははまって朝はいつもこれにした。
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 はんのたんとたらこは寝ていたようだが、ホテルに戻るといない。探し回ったら、ホテルの食堂でラシェールちゃんと食事をとっていた。んで、僕たちも加わりしばし談笑する。ラシェールは風邪気味で体調が悪いという。とは言え後で買い物に行こうと約束をし、それまでの間マヌとお散歩する。こんな街だ。
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 で、しばらく行くと市場に着いた。市場はこの門をくぐるとドーナツ状というか、競技場というかそんな感じになっている。福岡ドームの観客席のぐるりの売店街みたいなんだと思えばいい。そこで、セルベッサを呑ませるところがあったので、注文する。朝飯の続きみたいなのが置いてあるが、これはtapaといってつまみだ。飲み物を呑むと無料で付いてくる。けっこうそれだけでおなかにたまるようなものも時にはある。のじたちは留学中はこれを食事にして暮らしていたという。
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 12時にホテルに戻りcarrefourで買い物。のじに日本食を新品のスーツケースごとあげてしまったので、車付きの荷物入れを買う。その後ホテルのカフェでみんなでセルベッサを呑む(ラシェールは体調不良で休憩)。マヌの両親に連絡を取り合流する。ここで日本から持ってきたプレゼントを渡す。そいで、マヌパパの案内で行きつけらしきレストランへ行きパエリアをはじめ、スペイン料理をごちそうになる。
「われわれの細い眼は居眠りをしてもわからない」という自虐的ギャグはうけた。スペインにおける東洋人観はこういう感じらしい。この程度に笑い飛ばすのがいいのだろう。それから街中のカフェにコーヒーを飲みに行く。
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 メニューに漢字がうれしそうにい見なく使われているのが愉快だ。17時頃いったんホテルに帰る。

意味不明の漢字がメニューで笑つてるアンドゥーハルのコーヒーショップ

posted by 河東真也 at 23:02| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

スペイン紀行4(8月3日夜)

 8時半、と言ってもまだ明るい。マヌパパがホテルに迎えに来てくれる。で、教会を見に行く。ちょうどお葬式をしていた。お葬式だけどみんな普段着で来ている。宗教とか儀式というものが日常の中にあるのだろう。
 終わったところを見計らって中に入り、教会の職員の方から簡単な説明を聞き、教会の中を見学する。
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 左側が正面で、こっちから新婦が入場する。右は側面で、式が終わったらこちらから出るということだ。教会は大きい。ちょっとした体育館くらいあるような感じだ。中にはいろいろな飾り物もあるのだが、圧巻はエル・グレコの作品だ。
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 すごいだろう。この絵には感動してしまった。

偉ぶらず教会にあるエル・グレコ四百年の時を刻みて

 のじと入場の練習などしてみるが、ほとんど意味ない。

花嫁の父として歩む練習をそこそこにして教会を出る

 街自体が古い景観を維持している。教会の下見をした後、近くの市役所前広場に行くが、市役所(町役場かな?)も素敵だ。この明るさ、夜の9時過ぎだが、昼間のようだ。

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 翌日が本番なので、体力を蓄えておかなくてはいけない。それで夜食も摂らずに早めに寝ることにした。

posted by 河東真也 at 05:54| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン紀行5(8月4日)

 昨夜は早く寝たので熟睡。6時半までたっぷり寝た。7時半になって窓を開けるとよしよしに叱られてしまった。のじもよしよしもよく眠れなかったらしいのだ。のじは腹が減ったと言い、昨日carrefourで買ったアスパラの瓶詰めを開けようとしたが開かない。僕もかなりの努力したが、開かない。とりあえずあきらめて寝直す。
 10時を過ぎての朝食は昨日と同じYAMILAへ行く。この店の値段は飲み物も食べ物も1ユーロ。6人で12ユーロとわかりやすい。午前10時40分にマヌから電話があり、お兄ちゃんとスーパーにいるので、お茶でもどうか、と言う。のじは緊張でおなかの具合がよくないと言いつつ出て行く。少したって僕も出て行くとたらことはんのたんも来ている。マヌ兄とその彼女も来ている。瓶詰めの蓋の話をしたらマヌ兄は「瓶のお尻を叩けばいい」と言う。嘘だろと思ったが、後でのじがやったら開いた。スペインのことはスペイン人に聞け、だな。
 小一時間で彼らは帰る。まもなくマヌのパパとママが花と西瓜を持ってきてくれる。のじたちが今夜泊まるスウィート・ルームに行き、ここで準備を始める。まずはのじの試着。僕のほうはまだ出きらないので3回目のうんこなんかをする。だんだん今日が本番だなという実感がわいてくる。とは言えすることもないからテレビなんぞ見ながら時間つぶしをする。
 午後5時40分にのじとよしよしは美容院に行く。20時前になってのじのスウィートに集合する。僕もようやく新品のスーツに着替える。美容師さんがきて仕上げてくれる。化粧はたらこのお仕事。東洋人の化粧は東洋人でなければならない。写真屋さんも来る。いろいろ写真を撮ってくれる。そりゃそうだ、写真屋さんだからだ。
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 そうこうしているうちにお迎えの車が来る。
 お迎えに来たのはこの二人。まるでファッション雑誌から出てきたようなカップルだ。白いオープンカーがぴったり似合う。2人はドイツ人で恋人同士。彼のほうがのじの留学時代のお友だちだという。
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 この2人のエスコートで僕とのじはオープンカーの後部座席に乗り、街中をまわって教会に向かう。少しその前に入っている結婚式が遅れているというので、少し待ってから出る。10時の街は暗くなり、鋪道には椅子テーブルが出てbarになっている。街中から祝福の声がかかる。他のお友だちの車も前後を行き来しながら街を抜けていく。夢のような光景である。市役所前の広場でしばし待つが前の結婚式が長引いているのでいったんホテルに戻って出直すことになった。
 
posted by 河東真也 at 10:11| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン紀行6(8月4〜5日)

 「そろそろいいぞ!」という連絡が入ったので、教会の正面入り口の近くで降りる。ドアは開いているのでのじと腕を組んで入場する。日本の結婚式のように「はい、行きますよぉ、いいですかぁ、よ〜い、ドン!」みたいな踏ん切りはない。なにげに入場すると音楽が鳴り始めた。アベマリアだったかな。けっこう長い道のりを見知らぬ外国人(たぶん新たな親戚であったり、若いのはのじの友人なんかなのだろう)が祝福してくれる中をすすんでいく。
 式はあたりまえだがスペイン語で行われた。んで、途中で神父さんがのじに何か言うのを日本語に訳しちゃらんね、と言い出した。それで、のじが壇上にあがって訳し始めたのはいいのだけど、何かおかしい。のじが首をかしげ、そのうち会場が笑い出したのだ。後で聞くと神父さんが新郎新婦の名前を全然違う人の名前とまちがえて、しかも何度もまちがえたのだという。それも愛嬌で式は終わり人々は教会の外に出た。我々はしばし待つ。街ながら写真を撮った。お似合いだ。
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 んで外に出ると、いわゆるライスシャワーだ。まるで映画のようだろう。

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posted by 河東真也 at 20:33| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン紀行7(8月5日だ)

 そういうわけでひととおり式が終わるとパーティなのだ。日本では披露宴と言うらしいが。マヌのパパが緊張のあまりよしよしを先に車に乗せて会場へ送ってしまった。ほんとうは新郎新婦と両親は最後に出るはずなのに。でも、そんなことは誰も気づかない。気づかないくらいみんなどうでもよく楽しんでいる。時間はもはや翌日になっていると考えていい。
 僕たちがパーティ会場(ホテルの近くの山の中のレストラン)に着くと、レストランの庭先で立食パーティが始まっていた。
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 セルベッサ(おっ、麦酒と言うんだっけ、日本では)やサングリアを呑み、ウナギの稚魚とか生ハムとかをつまんで歓談している。まるでマフィア映画のワンシーンみたいだ。アル・パチーノになった感じがしてきた。
 このスナップにはホンモノのマフィアみたいなのが写っているが、のじのお友だち。僕たちは彼のベンツでこの会場に来た。見かけとちがい、彼はまだ25才くらいの若者だ。しかし、ベンツに乗るくらい怪しくもある。真ん中の艶のあるお姉さんはやはり見かけによらず弁護士だそうだ。みんなのじの留学中のお友だちなんだと。
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興がのってきたところで、レストランの中に入り、それぞれ席に着く。指定席ではないようだ。新郎新婦両親は雛壇に座る。
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 パーティに余計な挨拶はない。和気あいあいと歓談が続く。盛り上がってきたところで、新郎新婦が客席をまわり葉巻を配る。これが引出物。このとき参加者はお祝い金を渡すそうな。そのしきたりを知らない人(何しろ外国人が多い)の中には慌ててなんかの袋(CDのケースとか)に飲み代を入れて渡したりもするそうな。ところでこの葉巻、ハバナ産のいいやつ。12〜3年ぶりに吸ってみたらこれがまた旨い。葉巻だから吸い込まないのでけっこう楽しめた。
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 まもなくして先ほどの怪しげなお友だちのサプライズプレゼントでフラメンコのショーが始まった。踊るのも男である。感動的にかっこいい。けっこう名のあるアーチストなんだと。David Sorroche とその仲間という。
 ショーが始まる頃マヌくんが「はんのたんがいない」ことに気がついた。で、たらこを走らせるとトイレで流血しているという。早速マヌのパパ(両親とも看護師)に言うと、友人の医者も来てるから安心せい、と策動してくれた。後で聞くところによるとトイレのどっかのドアに脳天をぶつけ、そこが切れて大量の出血をしたらしい。よくいう頭をかち割ったのだ。お医者さんは治療道具を取りに戻り、一針縫ってくれた。はんのたんの頭を見ると小さなリボンのように糸が結んであった。翌日破傷風の注射を打ち、その後1ヶ月ごと半年後にも打つようにという指示を受けた。セルベッサ好きのはんのたんは今夜は禁酒と相成った。不幸中の幸いであったのはみんなフラメンコに夢中になっていてトイレに行く気になってなかったことだ。もしトイレで血まみれはんのたんに遭遇したら絹を引き裂くような叫び声は必至だったろうし、そうなれば会場はパニックとなったにちがいない。
 フラメンコショーが終わると、アンコールの波。で、アンコールに一曲やった後、ダンサー氏がたらこを指さしてステージに来いと言う。で、一緒に踊った。

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 サルサをやっているたらこちゃんはご機嫌。いつやらパーティの主役になっていた。

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photo by yosiyosi

 それで会場は盛り上がり、ダンスパーティというかどんちゃん騒ぎとなった。ついには90過ぎのじいさまも若い姉ちゃんと踊り出した。
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 こんな感じで夜は更けていく、っていうより朝に向かっていく。踊り疲れた人は庭のテーブルで呑み、エンドレスとなった。僕らは5時半過ぎにホテルに戻ったがマヌの両親は8時頃までやっていたという。こういうのはフランスではない、とフランス代表氏は言ってたのでスペインの特・なのかもしれない。

posted by 河東真也 at 21:00| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

西班牙紀行8(8月5日)

 ふとスペインを西班牙と書いてみるとまたちがった趣がある。
 そんなわけで6時少し前にベッドに入り、寝る。だが、8時半に目覚める。まもなくよしよしも起きる。はんのたんの破傷風の注射の段取りなんぞを考えていると、10時にのじがやってくる。マヌは爆睡中。で、のじが言うには「やはり今日のコルドバ行きはキャンセルにして、延泊してはどうだろうか」という。確かにそうだ。こういう怠ける方向での話はすぐにまとまる。ラシェールはマラガ発の飛行機が予約してあるので、夕方のtrenに乗ることになった。
 1時半頃にいつものbarに行き、昼食を摂る。はんのたんはかわいそうに水。僕らは当然cerveza。帰りにcarrefourに寄り、買い物。生ハムやワインを買う。んで、そんなものを飲み食いして午後を過ごす。ラシェルと日本の愛国心について歓談。彼女はそれで卒論を書くのだという。ラシェルを見送った後ねしばしお昼寝。
 9時半頃にマヌのご両親が来てちがうレストランで夕食。両親は飲酒運転を自重してか水なんか飲んでる。寝る前にbarに行って一杯だけcervezaを呑み、寝た。
posted by 河東真也 at 12:43| 福岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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